深夜、けたたましい雨音で目が覚めた。台風が通過中である。
ここの宿はトイレが屋外にあり、途中、屋根の無い道を通らなければならないため、用を足しに出ただけで、まるで服を着たままシャワーを浴びたかのような状態になってしまった。
雨は夜明けにはすっかりと止み、てぃーだ(太陽)も顔を出してくれた。
こんな早朝は集落内の散歩が気持ちいい。と言っても、10分もあれば1周してしまうような集落だ。
前は海、後ろは西表島の深いジャングルが迫っている。
そうだ。迫るといえば、こんな生き物を見つけた。
【セマルハコガメ】
「迫る」ではなく「背丸」である。国の天然記念物にも指定されている。
ちなみに、ここは他にも「カンムリワシ」「オカヤドカリ」「ヤエヤマハマゴウ」「イリオモテヤマネコ」など、天然記念物がゴロゴロしている。
手作りパンが美味しい宿の朝食を頂いた後は観光ツアーを利用。
ツアーと言っても、西表島船浮出身のアーティスト「池田卓」氏が率いる「じゃじゃ丸ツアー」である。
内地でLiveをやれば会場はあっという間に満席。
チケットもなかなか取れない。そんな彼が、島では船を操縦し、島の中を案内してくれる。
今回のツアーは午前中は初参加の団体さんとの相席。
【網取集落】
昭和46年に廃村になった集落。今では深い森に飲み込まれ、かつて人のいた形跡だけが僅かに残っている。
そんな所に行こうとしたが、昨夜の台風で普段は穏やかな船浮湾が大荒れ。小舟(じゃじゃ丸7)は上下左右に激しく揺さぶられ船酔い必至。断念せざるを得なかった。続いて見に行ったのが…
【サガリバナ】
夜の内に甘い香りを放つ花を咲かせ、朝にはその花を落としてしまう幻の花。
丁度シーズンということもあり、団体さんも見たことがないというので船を走らせたが、やはりこれも昨夜の台風で殆どが散ってしまっていた。
このサガリバナ、昔々、山を開拓して田畑を耕した際に「土地の境界」の目印として植えられていたらしいのだ。しかし今では農業者もいなくなり、大きく育ったサガリバナの木だけが見る者を楽しませている。
昼食をはさんだ午後、じゃじゃ丸ツアーはまだ続く。
何度も利用しているこのツアー。網取集落もマングローブでのシジミ採りも、水落の滝も、シュノーケルも、およそ観光客がやりそうな事は殆どやり尽してしまった私は池田氏に我儘なお願い事をしていた。
「内離島に行ってみたい」
西表島の白浜と船浮の間に浮かぶ無人島で、かつては炭鉱として栄えた内離島。話では聞いていたが、どのような所が一度この目で見てみたかった。
「炭坑で働けば大金が手に入る」
そんな謳い文句で内地からたくさんの労働者が坑夫として押し寄せた。人手不足により朝鮮や台湾から連行されて来た人や囚人までもが送り込まれた。
未開の山を人力で切り開き、不衛生な環境の中、マラリアに襲われる。度重なる崩落事故。暴力による支配。
劣悪な労働条件の中、対価として支払われたのは、その島の中だけで使える「炭坑切符」だけであったそうだ。
結局、手元にはこの島までの莫大な渡航費だけが残った。
逃げ出そうにも海の中に浮かぶ島なので、簡単には逃げ出せない。
たとえ上手く逃げられたとしても、西表島のジャングルの中で命を落としたとされている。
ブラック企業は昔から存在していたようだ。